2015年12月17日木曜日
小林製薬の糸ようじ
すごいところに落ちている。駅のホームで使用するシーンを想像できない。
ところで、写真を撮ったあとによく見てみたら、「小林製薬」と書いてある。
ということはつまりこれは「糸ようじ」だ。CMであれだけ商品名をすりこめる小林製薬はすごい。
いつもだじゃれみたいな商品をだしているけど、小林製薬のことをばかにできない。
そういえば、病院で処方される薬もたまにだじゃれっぽいものがある。あれはなんでだ。
2015年12月6日日曜日
常滑イオンのゴーカートがすごい
2015年12月2日水曜日
腹が減らない
最近何かに集中していると腹が減らないようになった。
今日は昼間ずっとアルバムの編集をしていて、うそみたいに集中していたので昼を過ぎてもちっとも腹が減らなかった。
でもほかの人がハラへって仕方ないというので、僕は「腹へってないけどな」と言いながら一緒に昼ごはんを食べた。
アルバム編集をやめてから夜までは別の人とずっと話してたけど、これまたおもしろくて集中してたのでまた腹が減らなかった。
だけどその人がお腹へったと言ってたので、「おれはそんなに減ってないけど、食べようと思えば食べれる」と言って晩ごはんを食べた。
おれ、全然メシを食べなくても生活できるようになったな、と思った。でもよく考えたらそうではない。
腹が減ってないといいつつメシはきちんと食べている。だから腹が減ってなくて当然である。
ただ集中してるとちょっと燃費がよくなるだけである。
2015年11月22日日曜日
歴史と伝統のある大学祭
今日は京大の学祭に行ってきた。すごいたくさん人がいて、すごい盛り上がっていた。
いままでに行ったことがあるのは名古屋大学と南山大学の学祭だけで、関東の有名な大学とかには行ったことがない。だからとりあえず学祭の盛り上がりようというか、多様な企画に圧倒されてすぐ目が乾いてしまった。(僕は緊張するとよく目が乾く。)
以下、僕が超盛り上がっていて個性のある大学祭に行ったのは今日がはじめてだということをふまえて、読んでもらいたい。
京大の学祭にはひとりで行ったのだけど、「うわぁー!楽しいー!!」という気持ちではなかった。前にもこういう話をしたけど、僕はひとりだとお出かけしても全然楽しめない。なんでだろう。ばかになれないからだろうか?だからずっと口は閉じていた。
でも全く口を開けなかったわけではない。途中初めて会った人に話しかけられて、「あなた、Yさんにめちゃめちゃ似てます!Yさんかと思いました!」と言われて一緒に写真を撮られた時に少しだけ喋った。Yさんというのは京大の人で、もちろん僕が知らない人。これが今回いちばん楽しかったイベント。
それ以外のときはずっと心の中で「ウワーッ」といいながら、ただ祭りの様子を見ながらうろうろ歩いていた。特にどこかの展示室に入ってなにかをしたり、物を買ったりもしていない。
とにかくカルチャーショックを食らっていた。そのへんの道の上でくだらないことをやっている人が沢さんいる(ほんとに)。壁がビラまみれ。へんなサークルがある。看板が多い。看板がでかい。
自分の大学とこんなにも文化レベルに差があるのか、うヒィ~、という感じ。そういえば学祭の実行委員みたいな人を1人も見かけなかったな。名大の実行委員はハッピを着ているのですぐわかる(名大だと客より実行委員の方が多いなんてときもある)。国内でもこんなにだから、もし僕が外国へ行ったらたぶん失神してしまうな。
たまたまあるサークルがパンツ一枚で地面に寝転がって、みんなで「あ~」と叫んでいて、そのまわりでちゃんと服を着た人が劇の宣伝をするというのをみたけど、そのサークルが創立30年だというからたまげた。
それから、いろんなことをやる人がいっぱいいて、それが認められている雰囲気もさすがだ。僕なんて自分のとこの学祭で来場者とじゃんけんをしただけで実行委員の偉い人を呼ばれた。でもこういう寛大な雰囲気は一朝一夕で成せるものではないだろう。
やっぱり、歴史と伝統のある大学の学祭は違うな。
2015年11月18日水曜日
戦争
ついに研究室配属の時期がやってきた。
いまみんないろんな研究室を訪問したりして、どこへ行こうか考えてる。
希望調査はまだだけど、そのまえにアンケートとってみたらわりと希望が集中しているところがあった。
ひとつの研究室に2人までという制限があるので(きびしい!)、ある研究室に6人とか希望してしまうと大変なことになる。いままさに大変なことになっている。
これを話し合いで2人に絞らなければならない。そんなのうまくいくわけがない、と思っている。だって希望通りにならなかった人は興味のない研究室で研究をしないといけないから、諦める人がいるわけない。(そう思うのは、自分が興味のない研究室で研究をするのが死ぬほどいやだからかもしれない。)
どうにかドロドロしない方法はないかと考えてたけど、研究室配属ってほんと戦争みたいだ。誰かが負けないと終わらない。
話は変わるけど、昨日家の水槽を見たらザリガニが一匹、ぐちゃぐちゃになっていた。
「じいちゃん(ザリガニを飼ってる)、ザリガニが死んでるぞ!」といって大騒ぎしてたら、それはザリガニの抜け殻だった。
ザリガニって脱皮するのだ。脱皮して少しずつ大きくなる。でも脱皮と言ってもヘビのそれとは違って、抜け殻がほとんどザリガニ。9割くらいは生きているザリガニと見た目が変わらない。違うのは体の真ん中でちぎれているくらいだ。
完全にザリガニが食われたのだと思ってたから、抜け殻だと聞いてびっくりした。ザリガニに圧倒されてしまって、一瞬だけ研究室配属のことなんてどうでもよくなった。
そこで思いついたのだけど、円満に研究室配属をこなす方法が実はあって、それは相手を研究室なんてどうでもいいと思わせるくらいに圧倒することなんじゃないか。
これはみんながザリガニの抜け殻を見て圧倒されるような人物だということが前提なんだけど。
逆に、たとえば自分なら、目の前で脱皮して分身を生み出すみたいな技を披露する人間がいたら、研究室なんてもうどうでもいいやとなる。しかも一瞬ではなくて半年くらいはそうなる。ザリガニはもうちょっとがんばれば研究室配属では僕に勝てるということである。
そしてもし僕が戦争を引き起こしたとしても、攻略法がここに書いてあるわけなので、どうにか収まりそうである。血みどろの戦いにならなくてすむ。
世界の歴史を調べたら出てこないかな。何かにひどく心を動かされて戦争がどうでもよくなったっていう事例。
まあ、こんなことを書いているのも、自分が行きたい研究室に希望者がモリモリいるからなんですけどね。なんとかならないんでしょうか。なんとかなれば、うれしいですよね。
2015年11月12日木曜日
イエティになった男
村とかで「なんか最近山にでかいやつがいるらしいぞ」という噂を聞いて、ふざけて山にこもってイエティのふりをして人を驚かそうと思ってたら、本当に毛むくじゃらのでかいやつになってしまったという説。
そう考えると悲しい物語である。「イエティになった男」というタイトルでドキュメンタリー映画になってもよさそうだ。
現代でいうとYoutuberがそういうタイプの人間なのかもしれない。噂を聞いて、おもしろそうなことを実際にやっちゃう、みたいな。だから数年後発見されるイエティは元Youtuberの可能性がある。
こういう話をしておいて、いつか自分がイエティのまねをして山で写真を撮るというふざけたことをしていそうだからこわい。
ちなみに今ひげを伸ばしているのはイエティとは関係ない。
2015年10月26日月曜日
テンションが上がらない
この日は栄でいろいろなお祭りをやっていて、いっぱいテントが立っててすごく楽しそうな雰囲気だったのに、自分はろくに満喫しないまますぐ家に帰ってきてしまった。
2015年10月19日月曜日
ブラック・ジョーク
昨日と一昨日に開催されていた名古屋まつりで「エジプト」という企画をやった。
「エジプト」というのは、エジプトのいろんな体験ができる企画で、スフィンクスになれたり、でかいタマネギを触れたりする(エジプトのタマネギはでかい)。
そのなかに「ファラオの呪い」っていうミイラの展示があって、「死んだらこうなります。だからきょうは楽しみましょう。」という古代エジプト人のパーティにおけるジョークを再現してあった。
本当は今回の企画には大学生がいっぱい来て欲しくて、こういうちょっとブラックな展示も用意したのだけど、案の定ちびっこばかりが来た。
ちびっこはミイラを見て「うわぁ!」と驚いたり、「全然怖くないよ!」と言って強がったりしていたけど、1人ものすごく複雑な表情で何も言わずに固まった子がいた。
一緒に来ていたおばあちゃんによると、どうやら最近親戚のお葬式があったようだった。だからあんな表情で動かなかったのだ。ちびっこには悪いことをしてしまった。
幸いにもおばあちゃんはジョークを分かってくれていて、僕が謝ると笑顔で大丈夫ですよと言ってその子にも上手く説明してくれた。
あの子はどんな気持ちになっていたんだろうか。あのときの表情からだけではちょっと想像しきれない。
ずっと僕は心の中で「ごめん!ごめん!」と言っていたけど、もし口に出していたとしてもちびっこにはその意味がわからなかったかもしれない。
2015年10月10日土曜日
界王拳を使うキジ
ものすごいはやいキジを見た。
道路に出ちゃったら車がきて、いそいで田んぼに戻る、みたいな場面。足が、「キュルキュルキュルッ」。顔は無表情なのに、体は全力。
界王拳を使ったみたいに、一瞬だけものすごい動きをしていた。
頭を前後する動きも、うそみたいなはやさ。
あのキジ、絶対「やべっ」って言ってただろう。聞こえなかったけど。
2015年8月31日月曜日
世界は数でできているのか
「世界は数でできている」と考えたピタゴラスの記事をよんだ。
世界が数でできている根拠のひとつとして、ピタゴラスは1は理性、2は女、3は男、4は真理、5は結婚、6は恋愛...みたいに、数が世界のそれぞれを表してるとして人生を説明できるとしたらしい。
たとえば2+3=5。むかしは足し算より掛け算のほうが高尚だったらしくて、また結婚より恋愛のほうが人間的で優れていたことになっていたらしいから、2×3=6。
この話をみて、「なるほど...」と思った。うまいことできてるな、という感じがした。
だけどよく考えると、まず2が女で3が男なんてどうやって決めてるんだ、となる。「掛け算のほうが高尚だから」というのもよくわからない。
しかも、たとえば1をタマネギ、2をニンジン、3をジャガイモ、4をインド、10をカレーとしたときに1+2+3+4=10が成り立つ。
妙に納得してしまったけど、それは「日本人はみな恐竜だからいずれ滅びる運命にあって、それが少子化の原因である」といっているみたいなもので、ちょっとおかしい話なのではないか。
でもピタゴラスというひとは、数学の分野でめちゃくちゃすごいこと(たぶん)を成し遂げている人なので、あんまりばかにはできない。
2015年8月21日金曜日
レーザーカッターは工業っぽい
金山に「クリエイトベースカナヤマ」というメイカースペースが出来ていたので、行ってきた。
そこでレーザーカッターを初めて使ったら、こまかい細工が正確に施されて、たしかにきれいに出来上がって感動した。ウワーッとなった。
だけど、なんだかレーザーカッターは「工作」じゃなくて「工業」みたいだ。同じデータを使えば何度でも同じものができるし、しかもその正確な作業は一瞬で終わる。
高度な機械は今まであまり触ったことがないけど、ぜんぶ「工業」みたいな感じがしてしまいそうな気がしてちょっとこわい。
2015年8月11日火曜日
名大合格シミュレータ
今日は名古屋大学のオープンキャンパスの日だった。3日あるうちの最終日。自分は所属してるサークルの活動のために大学に行ってきた。活動といってもオープンキャンパスのスタッフとかの、まじめな仕事ではない。(でもやたらと参加者に道を聞かれた。オープンキャンパスのスタッフには、日陰で座ってなんかいないでちゃんと仕事をしていただきたい。)
大学でやったのは、「名大合格シミュレータ」という企画。内容は、名大の合格発表をシミュレートして、高校生が名大に受かった時に全力で喜ぶための練習をしてもらって、ついでに受験勉強のモチベーションも上げちゃおう、というもの。大学のオープンキャンパスでは模擬授業とかをやるので、合格発表も模擬でやってやろうというノリである。
これ、高校生にはそんなにウケなかった。たまにめちゃめちゃ面白がってくれる人はいたけど、たいていの人は「なんだこれ?」という感じで、ぜんぜん近寄って来なかった。悔しい。せっかちな受験生はもうピリピリし始めているのかもしれない。
でも現役の大学生にはウケた。たぶん本物の合格発表のようすを知っているからだろう。ベニヤ板1枚と紙だけで合格発表の雰囲気を再現できていて、名大ならではの「合格の安売り感」が伝わってくる。東大の合格発表をシミュレートしてもこうはならないだろう。 自分もシミュレータを見てゲラゲラ笑っていた。一方で高校生は本物を知らないので、はてなが浮かぶのもうなずける。
この案を思いついたのはオープンキャンパス最終日の前日だった。最初は単純に面白そうだからやろうと思って、その後「本当にそうか?」となってウケるイメージが浮かばないまま丸1日悩んで、結局多少のアレンジを加えてやることにした。やるからには面白がってもらいたいのでちゃんと考えたつもりである。それでも結果的にウケなかったのだけど、自分としては面白かったので悪い気はしていない。むしろやってよかった。
自分だけ面白がっていて高校生はしらけたので、世間的に見たらこの企画は失敗なのかもしれない。だけど名大は日常的にしらけているので失敗なんてないのだ。しらけているのなんていつものことである。
2015年7月20日月曜日
小学生はめっちゃ工作をやる
小学生のときってめちゃめちゃ工作をしてたと思う。だって図工っていう科目があった。ほかにも習字とかもあったから、工作以外にも、作品を作る機会は今と比べてべらぼうにあった。
しかもそれらはだいたい校内に展示される。図工で作ったものだったら、図工室に並べておいたりして。少なくとも授業のさいごにみんなで評価をしよう、みたいな時間があったので、他の人の作品を見ることができた。
誰もが作品を作るし、誰もが作品を展示するし、しかもそれが年に1回だけではない。いま考えると楽園のようで、工作が得意でない人の作品を見れるという点で、僕にとってはMaker Faireよりも魅力がある。
僕は当時いちばん好きだったのは夏休みの工作の展示で、普段あんな適当なやつがものすごい作品を作っているぞとか、あんな勉強できるやつでも工作はそうでもないぞとか、そういう楽しみ方をしていた。あとはとにかく(いい意味で)がらくたのオンパレードになりがちで、平気でわけのわからない作品が並んでいるのも面白かった。すべてに作品のタイトルと工夫した点が書かれた紙が貼ってあり、1時間で作ったような作品はたいていどうでもいい工夫が書かれていて、それを読んで友達とゲラゲラ笑っていた。僕は昔はそれほど工作にのめり込んでなくて、夏休み最終日に30分で作ったものを提出していたから、たぶんゲラゲラ笑われてたと思う。
昔の自分が何を考えていたのかまったく思い出せない。なんで面白かったのかわからない。だから昔の自分はこうだったとかいう話をしても意味が無い(だってうそになるから)。上に書いたのは事実の記憶で、考えていたこととは関係ない。もしかしたら記憶ですらなくて、今の自分の幻想かもしれない。
いま考えているのは、小学校時代のものづくりがとても輝いて見えて、その理由のひとつは、それがみんなが作品を作ってみんなが展示してみんなが評価をしていた普遍的なものづくりだということ。
2015年7月19日日曜日
工作が好きだけど
2015年7月15日水曜日
幻覚かどうか
2015年7月12日日曜日
「あつい」
先週はずっと雨が降っていて、最近ようやく晴れてきたと思ったら急に暑くなってきた。
今日の暑さは言葉で表すと「あつ~い」という感じ。家の中にいるけど、蒸しっこくて空気が分厚い、みたいな。いま、肌がねちゃねちゃしている。
昨日は暑いなかはたけをいじっていたけど、そのときは「あちぃ~」という感じだった。太陽に焼かれている。
4階くらい階段でのぼって汗が吹き出てくるときは「あっつー」という感じ。
現代では「蒸し暑い」とか「くそ暑い」という言葉があるけど、古い時代は「あつい」という語しかなかったらしい。
でも現代でも特に「暑い」という言葉にバリエーションがあるわけではない。いつもただ「あつい」としか言ってない。言い方が違うだけで。
