ネットにアップされる大根(もしくは自分がネットで見る大根)は半分以上がセクシーだから、世の中はセクシー大根で溢れているように思える。
しかし、スーパーには大量のノットセクシー大根がある。
セクシー大根はTwitterのフォロワーが10万人くらいいそうである。
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人は足みたいな野菜をみたときに人間の裸を想像してしまうのでセクシーとか言うのだろう。
正直だ。
たぶん大根が服を着ていたら、二股に分かれていてもセクシーじゃない。
ネットにアップされる大根(もしくは自分がネットで見る大根)は半分以上がセクシーだから、世の中はセクシー大根で溢れているように思える。
しかし、スーパーには大量のノットセクシー大根がある。
セクシー大根はTwitterのフォロワーが10万人くらいいそうである。
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人は足みたいな野菜をみたときに人間の裸を想像してしまうのでセクシーとか言うのだろう。
正直だ。
たぶん大根が服を着ていたら、二股に分かれていてもセクシーじゃない。
| くさや |
| 臭豆腐 |
| シュールストレミング |
Facebookはブログ、Twitterは2ちゃんねるに近いと思う。
でもFacebookがブログと違うのは、投稿がクローズ(基本知り合いにしか公開されない)なことと、投稿の個別なページがない(だからWebの世界に残らない)ことと、タイムラインに表示されるので人が読んだりシェアしたりしやすいこと。最後のはいいこと。
たぶんFacebookとブログの間にタンブラーがある。どれを使うか迷うな。
Twitterは匿名が多いし、炎上の仕方とかすぐ特定するとことかが2ちゃんねる。みんな態度がでかいところも似ている。
じゃあインスタグラムはふたばちゃんねるかと思ったけど、画像メインというところ以外がすべて違った。
自分の身になにかあったとき、他人や社会のせいになるようにするために、SNSに弱音を書く練習をしておこうと思う。
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あー、生きるのつらい。
将来やりたいことなんて決まらないし、目標なんてないし、お金なんて稼げる気がしない。
お金稼げなかったら生きていけないよな。
自分なんて生きてる価値ない。働かなくて社会のために生きられないやつは社会の中にいてはだめだろう。
憲法でも決まってるしなー。
ほんと苦しい。
好きなことをやってお金がなくなるのと、やりたくないことをやってお金を稼ぐ。どっちも地獄だな。
サバンナの動物に生まれたかった。
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あ、東大卒で美人じゃないからだめか。
いつも名駅のギャレットポップコーンにうそみたいに人が並んでる。
ポップコーンなんて味つけが違うだけで全部同じなんじゃないのか。
「新商品です」と言ってギャレットがマイクポップコーンを売り始めても、どかどか売れるんじゃないだろうか。
儲かるな、ギャレットは。
最近初対面の人に「30歳くらいかと思った」と言われた。自分は昔から老け顔なので全然気にしてなかったけど、ひとつ気がついた。
それ、5年前に病院でリハビリしてるときも知らない女性に同じことを言われた。
いままでずっと年齢を先取りしてきたけど、実はこの5年で外見の年齢が相対的に若くなっていることになる(5年分歳をとったはずなのに、見た目は変わっていない)。美魔女が必死にやっていることを無意識のうちにノーコストで実現した。イノベーションである。
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AIが人間の知能レベルを超えてしまう事をシンギュラリティと言って、そんなSFみたいな話が起こる日がそのうち来ると言われている。
いま分かったのは、どうやら自分自体にもシンギュラリティがあるということだ。徐々に見た目年齢が実年齢に近づきつつあり、いつかは実年齢が見た目年齢を超える日が来るかもしれない。そのときどんなことが起こるのだろうか。
急に歳をとるのが楽しみになってきた。
ちなみに、シンギュラリティが訪れないまま人生が終わる可能性も十分にある。60歳とかでも老け顔であれば年上に見られる。永遠に実年齢が見た目年齢に追いつくことはない。アキレスと亀。
たいていのアルバムの後ろから3番目に、自分好みの曲が入っている
そういえば、幼稚園のときの背の順でも後ろから3番目だった気がする。
高校のクラスでも、成績の悪さは後ろから3番目だった。
自分は「後ろから3番目の男」なのかもしれない。
でも50m走のタイムはいつも後ろから1番目だったな。
足の遅さナンバーワンの男だ。
人間の受動的な活動と能動的な活動の違いは、「自分が時間を支配しているかどうか」。
時間を支配しているかどうかというのは、具体的にいうと、ある活動の終了時間の決定権が自分にあるということ。ここでいう終了時間というのは、その活動を止めることができる任意のタイミングではなくて、その活動が完遂するときのこと。途中で中断できるかどうかではない。
たとえば映画は、映像の時間(長さ)が決まっている、つまり映画を見るという活動の終了時間は製作者によってあらかじめ決められていて関与できない。だから受動的な活動だと言える。アニメもおなじ。
漫画の場合、作者によって作品の終わりは決められているけど、そもそも漫画というコンテンツ自体には人間の活動時間という意味で時間の概念が含まれていない。読むスピードは自分が決められる。なので能動的な活動だと言える。
こんなふうに考えてみたんだけど、どうだろう。
その他の事例
■受動的
授業
給食
修学旅行
遊園地にある50円で動く動物の乗り物
■能動的
自動車の運転
食事
旅
テレビゲーム
人生
でもこの考え方だとデルピエロにとってのサッカーワールドカップは受動的活動になっちゃうな。
いまコメダに来ている。外が暑いのでクリームコーヒーを頼んだらばかみたいにでかいソフトクリームが乗ってきた。
さっき右後ろに家族客(父、母、子ども)がきたのだけど、気がついたらお父さんが店員を呼び出して怒鳴りちらしている。
「氷が入ってねぇじゃねえか!」
まあたしかに今日は暑いので、キンキンでない水を見て爆発するものがあるのかもしれない。
自分はそれを聞いて勝手に気まずくなってるのだけど、お母さんと子どもはどう思ってるんだろうか。
その後、お父さんが子どもに「今日はサッカーやったのか?」と聞いていた。
子どもがなにかを答えたあと、「なんだよ外でやれよ!」とまたすこし怒鳴りかけていた。子どもが家の中で何をやっていたのか気になって仕方ない。サッカーを家の中でやったのかな。
ここまで読んだみなさんには分かっていただけると思うけど、右後ろのお父さんは声がとにかくでかい。
童話「みにくいアヒルの子」は、見た目が違うといってからかわれていたアヒルの子が、じつは美しい白鳥の子であったという感動のストーリーだった。
でも現実だと別に白鳥ではなかったというパターンも起こっていて、むしろそっちのほうが多そうである。
白鳥の子だと思ってたら、本当は「みにくいアヒル」の子だったというパターンもあるかもしれない。
あー悲しい。
10年前くらいに通っていた小学校へ行った。体育館が投票所になっている。
各学年1クラスしかない小さめの小学校である。
最近、なにやらおおきめの工事をしていることは知っていたけど、中に入ったら様子がおかしい。
むかしあった木がだいぶなくなっている。めだかのいた池は埋まっていた。
うさぎのゲージもからっぽ。牛小屋はがらくた置き場になっていた。
廃校っぽい。
空き缶置き場だけはまんたん。
校庭の半分くらいが工事中で入れなくなっている。
家に帰ってから話を聞いたのだけど、どうやら校内に給食センターができるらしい。給食室ではない。配達するやつだ。
これ、そのうち絶対にセンターが学校を吸収すると思う。小学校がなくなってセンターがのこる。
給食センターが実は悪の組織だったりしないかな。
中学生のときに埋めたタイムカプセルを成人式のときに開けた。
タイムカプセルは埋めるものなので「埋めた」と書いたけど、実際はダンボールに詰めて担任の家に保管されていた。(ほんとに埋めたかったのに。)
なかには当時の自分が入れたものが入っていて、当然懐かしかった。でもその懐かしさを味わったら用済みである。家に持ち帰ったところで置き場がない。
仕方がないので昔のものがいろいろ入ってるダンボールに入れた。
もう開けられることのないほうのタイムカプセルである。
すき家には牛丼もうな丼もある。
牛肉・うなぎというぜいたくの二大巨塔みたいなのがすき家一軒で堪能できる。
どちらも極めれば究極のぜいたくになるものだけど、それがチェーン展開していていまやどこにでもあるのだ。すき家は牛肉とうなぎを究極の庶民にしている。
テレビCMで牛肉とうなぎを両方のせた丼ぶりも見た。ぜんぶいっしょくたにしようとするのもザ・庶民だ。
ミックスグリルはぜいたくなように見えてじつは庶民なのである。
僕は庶民なのでミックスグリルが好きです。
ブラウザを最新にしようとしていろいろページを進めてたら、最終的に「ブラウザを最新にする必要があります」というページがでた。
いやそれ、いまからやりたいやつ。
大学の事務員とか警備員を相手にしてるみたいになった。
それとも、これってもしかして脱出ゲームかな。DVDドライブを開けたら鍵が入ってるのかもしれない。
Tシャツの背中の部分がすぐごわごわになる。
どっかで擦れていると思うんだけど、どのタイミングなのかわからない。持っているTシャツの中でも、すぐごわごわになるものとなかなかならないものがある。
妖怪が誕生するタイミングってここだろう。なにかの現象の原因がよくわからないとき。
さいきん近くにTシャツの背中の部分をごわごわにする妖怪がいる。こいつ、ふかふかタオルよりもごわごわタオルのほうが好きだという人のところにはやく行ってほしい。
明日(というか今日)は朝から用事があるのに、まだ寝ていないのでまずい。
なぜ寝ていないのかというと、クーラーを解禁したので部屋が快適だから。気分がいいので眠くない。
昼間はいやな暑さだったので、「つぎもっと暑かった時に、ちゃんとクーラーが動かなかったら困るからなー」という理由をでっちあげてクーラーをつけてしまった。クーラー前線が通過した。
高校のころは、たしかクーラーは7月になってから、というふうに暑さではなくカレンダーで解禁日が決まっていた。ボジョレーヌーボー式である。
だから6月末の蒸し暑い日は最悪だった。朝、急いで自転車をこいで、びちゃびちゃの背中のままうっかり椅子の背もたれにもたれてシャツが茶色くなったりするのだ。懐かしい。
あの時だけは、みんな不自然に姿勢が良かっただろうな。
部屋の窓を開けて網戸にしていると蚊が入ってくるので、アースおすだけノーマットを使用している。
あれ、蚊を駆除してくれるのはいいんだけど、好きほうだい部屋に入ってくる蚊がみんな部屋の中で死んでしまう。部屋が蚊の死骸だらけだ。
これで正解なんだろうか。
部屋でブンブンいっててたまに刺してくるのもいやだけど、死んでそのへんでごろんとなっているのもいやだ。踏んじゃうよ。
土地柄、侵入してくる蚊の数が多すぎるのかもしれない。網戸をしていても平気で入ってくるのもおかしい。
どうでもいいけど、おすだけノーマットは「おすだけ」が平仮名なので、たまに「おたすけ」に見えてしまう。
おれ、いまノーマットを使っても使わなくても困ってしまうので、「おたすけ」の状態です。
世界平和って、この地球で生命が誕生して以来まったく訪れたことがないと思う。
だから世界が平和になったときにどうなるかは予想がしにくい。
RPGみたいに、世界平和になる直前のセーブポイントからまたゲームが始まるのかもしれない。
どでかい一つのやりたい事ってのはないんだけど、ちりみたいに小さめのやりたい事ならたくさんある。サイゼリヤで好きなだけ注文してお腹をぱんぱんにするとか。
すごい目標をやり遂げる代わりに、そういうちいさいのを全部やる。自分でもそれでぜんぜんいいだろうと思っている。「ちりも積もれば山となる」ということわざがあるだろう。
だけどちりが積もって山になっていることで最初に思いつくのはゴミ屋敷だ。ぼろぼろのおじいさんが住んでいるやつ。
おれもあれになるのかも。
実際、作ったものとかがらくたが溜まってきている。
やだな~。ゴミ屋敷の主人は。
一般的に、進化には以下の3つの過程が必要である。
①変異
突然変異などで個体に変化が生じること
②淘汰
変異した個体が他の個体よりも生存能力に優れていること
③遺伝
その特徴が世代を通して受け継がれること
この3つがそろってはじめて進化がおこる。(生物は。)
傘って、いろんな派生系がつぎつぎ生まれている。だけど淘汰がまったくおこらないからいつまでたっても進化しない。コンビニのビニール傘がずっと最強。
どの会社がどんなに頑張ってもただちょこっと売れる傘ができるだけで、大学生が使うのはいつもすけすけの傘である。
このあいだ「傘の色は下着の色と同じらしい」みたいな話を聞いて、「えっ!じゃあ透明の傘の人ってすけすけなのか!」とかいって盛り上がっていた。久しぶりに中学生みたいな会話をした。
おれ、「大学時代なにやってたの?」と聞かれると困るな。
しょうもないことしかやってないので、とりあえず「いや~、なにもやってないんですよ、これが」とか言っておくしかない。
それで、あとから「いちおうこういうことやってました」って言って、石にレーザーカッターで力という文字を刻んでいたこととかを話そうと思う。
それで雇ってくれるところがなかったら、だれかの会社で働くことはむり。
久しぶりに自転車にのったら、座るところが小さすぎてびっくりした。おれのしりが。圧力がかかりすぎて痛い。
ふだん原付に乗っていて、座るところのでかさに慣れていたからだろうか。原付はおしりの包容力が違う。
一瞬「自転車が拷問器具になりかけている!」と思ったがそうでもなかった。ちょっとこいだら慣れた。
ところで、さっきおじいちゃんと竹を採取しに行くために自転車をこいでいたのだけど、前を走るおじいちゃんの自転車は真っ黒の液体が入ったボトルを備えていた。
スチームパンク感が溢れていて石油かと思ったら、実はコーヒーだった。そのあとおじいちゃんが飲んでいたからそうだろう。
もしくはおじいちゃんがロボで、本当に石油を飲んでいたか。
今日3Dプリンタでうんこを出力している人がいた。
たしかに、うんこを出力するのは理にかなっている。人間も尻にあるノズルから押し出して積層して形を作っているわけなので、やってることは3Dプリンタと同じである。
これで3Dプリンタがプラスチックのフィラメントではなくて、食品を素材にして立体物をつくるようになったらすごい。もうほぼ人間と同じ。
違うのは、3Dプリンタは食品を分解してエネルギーを獲得するわけではないので、出力されるものはうんこではないところだ。
3Dプリンタは将来、原子をノズルから射出・配列することであらゆる物体を作り出せると言われている。すると自己増殖が可能になるので3Dプリンタは生命と呼べそうなのである。
僕は今日3Dプリンタからでてきたうんこを見て、生命を感じた。緑色をしたプラスチックのうんこだった。
メンズTBCの広告に出ているローラって、だんだん男っぽくなってないか。電車の中にある広告のやつ。なんだかマスキュリンなのである。
知らないあいだに男性モデルがローラのまねをして広告に出てくるかもしれない。
どうでもいいけど、メンズTBCのウェブサイトは男のモデルの写真ばかりで暑苦しかった。みんなむきむきで肌が小麦だし。
ローラのさわやかイメージってすごいな。
人生でなにかおおきな壁にブチ当たったとき、きっとすべてをリセットしてしまいたくなるだろう。それまでに自分がやってきたことが間違っていたのかと思わされるから。
でもゲームではそうはならない。壁にブチ当たったら攻略本である。現代だったらユーチューブかニコニコ動画かも。(少なくともワザップではない。)
ゲームでリセットしたくなるのは、重要なイベントをやり忘れたり、二度とゲットできないレアアイテムを取り忘れたときである。このリセットパターンは人生にも当てはまりそうだ。SNSでそういううめき声を上げている人をよく見る。
僕はリセットとかはどうでもいいので、はやく人生のプロアクションリプレイがほしい。改造コードがたっぷり載っている分厚い本もセットで。
それで所持金を999999円とかにしたい。
自宅の前の細い道で調子こいてたらミラーを思いっきりこすった。車がけっこうなダメージを受けて、いま自分もダメージを食らっている。闇のゲームだ。
いまの車は人から譲ってもらったものなんだけど、自分で車を買う時は黒い車を買おうと思う。
なぜならキズついてもマッキーでなぞれば直せるから。
中学・高校とマイナー部活をやっていたので、ずっと人数の多い部活のやつらの態度がでかいのを見てきた。
人が大勢いると態度はでかくなってしまうものなんだろう。僕はいまのところそんなにでかい組織が好きではないので、ちょっと気持ちがわからない。でも僕もそういう組織に所属していたらでかい態度になるんだろうな、きっと。
態度がでかいといえば警察である。警察24時を見るといつもそう思う。それから、僕が大学1年のときにアメフト部の人がえらそうだったのも覚えている。ただ、警察のは人数が多いからという理由ではない態度のでかさだろう。アメフトも「体のでかさ」のせいで態度がでかいのかもしれない。
ちなみに、「態度がでかい」と「態度が悪い」は違う。
あと、「態度が大きい」とはあまり言わない。人はていねいには悪口を言わないのだ。
ていねいに悪口を言うのはテレビドラマにでてくる姑である。
忙しい。やりたいことが多すぎて、いろいろなことに手を出しているから勝手に忙しくなっているのだけど。
忙しくなると、やっぱりもうひとりの自分が欲しくなる。分身が欲しい。ナルトとかの忍者だとかんたんに分身を作れるので羨ましい。
すこしまえの時代の人だと、想像するのはパーマンのコピーロボットだろうか。
コピーロボットって、鼻を押すと自分のコピーができるだろう。ロボットを終了させる時もたしか鼻を押していた。
逆にコピーロボットに鼻を押されて終了する人生ってどうかな。僕はすこしありな気がしてきた。痛みも苦しみもなく、一瞬で終わる。最後に見るのは、自分の鼻に迫ってくるコピーロボットの指だ。なにかを思考する間もないだろう。
それでコピーが本物になっちゃう。SFでありそうな話だ。アイランドだ。
いま忙しくてたぶんへんになっている。
サークルKで売っていたねじりドーナツ(2本入り)みたいなやつが好きだったのに、みかけなくなった。
もう販売停止したのかな。
最近のコンビニは新商品をばんばん出して客を飽きさせないようにしようとしているけど、その裏で小さなファンを幻滅させている。扱える商品数には限界があるからだ。
企業はつねに平均的な客、つまり見えない客にたいしてマーケティングをしている。それでは絶対に満たせないニーズが世の中には存在する。それを埋めるにはほしい人が自分で作るしかない。
将来パーソナルファブリケータというなんでも作れる夢のマシンが誕生したら、コンビニはいらなくなる。食いたいものはパーソナルファブリケータで作ればいい。
現に僕はLoFtがいらなくなった。ほしい雑貨は自分で作ればよくなった。必要なのは原材料と個人利用できるデスクトップ工場だけで、それらはすでに世の中に存在している。
探しているものがないときの2パターン。
ひとつは、どこに置いたか、どこにあったかを全く思い出せないとき。「うわー、どこだっけ」と言って頭をかかえるしかない。家のカギとかがよくこれになる。
もうひとつは、どこにあったかは覚えてるけど、それがいつのことなのか分からないとき。物置とかを探して「たしかに以前はここにあったんだけど」となる。思い出のキーホルダーとかがこれ。
今まさに下のパターンに陥っている。当時カバンにつけてあった様子が、脳内で強烈にイメージされている。
最高のVRだ。
このとき以上にリアルなイメージが浮かぶことはほぼない。
(実際にはカバンについていなかった。どこいった。)
雨男には2タイプある。
人のせいにしたがるやつに「おまえのせいで雨が~」と言われ、かってに雨男にされた雨男。
もうひとつは、「おれのせいで雨がふっちまった」とか言う、なぜか意識が人間を超越しちゃってる雨男。
どっちも神みたいである。
上のは成り立ちがアニミズム的なので、現代において神が存在するかといわれれば、雨男がそうかもしれない。(敬われないのは雨が恵みではないから。)
下のはノーコメント。
最近ぜんぜん体を動かしてない。
「筋トレをするといいよ」みたいな話を聞いて昨日やってみたけど、いまシンプルに体がくたびれている。
やりかたがまずかったのかな。
・・・
あと座るたびに足を組むようになってしまった。
足を組むとだんだん膝が痛くなってくる。やめたいなと思いつつ、なかなかやめられない。
たばこってこんな感じなのかもしれない。
座ったとき膝でボールを挟むようにしたら、足を組むくせが治りそうだと思う。スタバではやれないけど。
テレビでむかしディスコで人が踊っている映像をみて、「レーザービームをみんなで避けているのだと思っていた」という人がいた。撃たれたらやられるやつ。
とんでもない殺戮ショーだ。
でも僕も本物をまだみていないので、室内をギラギラ照らしているあのレーザーには殺傷能力があるのかもしれない。
いま電車がとまっていて暇。やることがない。読みかけていた本も今日に限ってわすれた。
それで余計なことを考えているのだけど、よく西野カナのトリセツをきいて「めんどくさい」と言っているひとがいるだろう。
あれは人じゃなくて未来の家電が歌ってると思えば納得がいくのではないか。AIを搭載した人みたいな家電。
ふつう人間にはトリセツがないけど、家電にはよくめんどくさいトリセツがついている。だからきっと感情を持った家電が登場したら、西野カナみたいなトリセツがついてきてもおかしくない。
30年後とかに「現在の家電のトリセツを予測していた歌が30年前に存在していた!?」とかいうタイトルでバイラルメディアが取り上げているかもしれない。
・・・
これを書きおわってもまだ電車が動いていない。
ゴールデンウィーク初日にとんでもない遅延が起こっている。みんなキャリーバッグを持っていて、これからきっとお出かけや帰省なのだろう。
みんななんとなくピリピリしていてきまずい。いま、老夫婦のけんかがはじまりそうです。
「大人が本気を出しました」といって大人がたまにおもしろいものを作ってる時がある。なんだ、いつもは本気だしてなかったのか。
だからあんまりおもしろくなかったのか。
(ぼくは本気をだしているかどうかではなく、ふざけているかどうかが本質だと思ってます。)
調理方法
・塩胡椒をふりかけて蒸し焼き
食べた深海魚
○チゴダラ
味はたんぱくな白身の味。すこしやさしめ。おいしい。身がやわらかく骨から身がとれやすいので、スプーンでもかんたんに食べられる。
○ミドリフサアンコウ
身に弾力がありジューシー。噛めば噛むほど味が出てくるタイプ。かなりおいしい。鶏肉に似ていると言われるが、ささみほどあっさりはしていない。
○メンダコ
火が入ってもブヨブヨ。見た目は完全にタコだが噛んだときの食感がおかしい。味はほぼタコ。水分が非常に多く、噛むとタコ味の汁が溢れ出てくる。ぐにぐにと口の中にのこる感覚はアサリに近い。
○でかいイカ(名称不明)
やすいイカの味。クセはまったくなく食べやすい。食感もふつうのイカ。ただの高級ではないイカだ。
ズボンのチャックが開いてるぞと他人を注意してるやつのチャックが開いている。
お前へんな髪型だなと言っているやつの髪型がへん。
「あの女頭わるそー」と言っている女子校生の頭が悪そう。
入れ子構造は英語でネスティング(Nesting)という。
生物(ある機能を制御しているタンパク質が他のタンパク質によって制御されている)や世界(のしくみ)に似ていておもしろい。
いまサークルのなかで妖精を調べようという流れが来ている。
自分は妖精について、なんとなく日本でいう妖怪っぽいと思っているのだけど、果たしてどうだろうか。
調べてみないとわからない。
今日は覚王山の祭りに行ってトムヤムクンヌードルを食べた。思ったより味がうすかった。麺も素麺みたいにやわらかい。風邪か。
祭りのくせにしゃれていて、いわゆる夏祭り的なダーティさはなかった。売られているのは小洒落たハンドメイドアイテムばかり。食べ物もなんかエスニックだし。余裕のあるおとながいっぱい来ていたな。
そして、路地には高級車ばかりが通る。
じゃがいもみたいな大学を取り囲む、キャビアみたいな街。
ゲオに行って映画のDVDを借りようとして、まちがえてパッケージごとレジへ持っていってしまった。(ふつうは中身だけ出して持っていく。)
そしたら店員に「次回からは中身だけをお持ちください。」と言われた。丁寧な言い方が逆にはずかしい。
ただ、ふつうなら店の中でパッケージから中身をだすなんてどろぼうである。
こんどからはちゃんとどろぼうの気分でゲオに入店しようと思う。
いまCMでいろはすがサイダーを出したと言っている。
いろはすはいままでにみかん味の水を出したりしていた。
そのうちCMで阿部寛がサイダーとみかん水を融合させちゃいそうである。
それってファンタだ。
「大学生ってインド大好きだよなー」
「ワハハ」
これおれの飲み会での鉄板ネタなのだけど(うそ。飲み会にすら行くことがない。)、大学生がインド好きみたいに見える理由が最近わかった。
インドに行けばお手軽にすごい人になった気分になれるのだ。
みんな、「すごいだろ」と言いたいからインドへ行く。すごいのは行ったやつではなくて実はインドである。
たぶん、学生のうちにインドに行くのですごい。大人になってからインドにいってもすごくない。
ヨーロッパより近くて安くて、カルチャーもギャップが深い。
たしかに大学生のうちにできるすごいことで一番お手軽なのは、インドに行くことかもしれない。
おれは別にすごい人間になれなくてもいいので、大人になったらインドに行ってタマネギみたいな建物を見たいと思う。(いま金がないのでへりくつを言っています。)
書籍って、外人が書いたのを日本語訳したやつのほうが日本人が書いたやつよりも徳が高そうに見える。自分だけだろうか。
いや、徳の高低じゃなくて、単に名前がカタカナなので表紙がかっこいいだけか。
でもだからといって日本人が名前をカタカナにすると一気にうさんくさくなる。エサカダイキ。ほら、職業がよくわからないタイプの人になった。
関係ないけど、外人のせりふを日本語訳すると文末がいちいちなれなれしくなるのはなんでだ。
いま駅で電車を待ってるおじさんがポケットから紙くずを落とした。
そういうとき気づかないフリをする人は多いけど、そのおじさんはちゃんと気づいていた。
でもやった行動は「クツで紙くずを踏む」である。そのあと自分のところにひきよせた。それ、100円を落とした時にやるやつ。
おじさんはそのまま足を動かさなかった。紙くずのことをなかったことにするつもりである。でもぼくはずっと、電車に乗る時どうするのかを見ていた。
だけどおじさんが歩き出したときには紙くずがなくなっていたのだ。マジシャンだったのかもしれない。